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モリタ会長ブログ » 2020年5月
5月も終わりに近づくにつれて、新型コロナウイルス感染の「緊急事態宣言」の全面解除が安倍総理の会見でありました。第二波が来るかもしれないので油断はできませんが、生活スタイルに変化があったことは確かです。
今回のことで、私もそうなのですが何かと「心配」することがあった気がします。自身、家族、友人、社員、会社、お客様、地域 等々 逆に、「心配」されることも多々ありました。自分が「心配」しているときは「安心」するとそれで終わりなのですが、「心配」されるということは、相手に「心配」をかけている、それをなくすには「安心」、「安心」してもらえるまで「心配」が続くとしたら、自分自身が「不安」になってきませんか。私の場合、「心配」されていることを感じると「不安」になることが多くありました。どうしようかと、うろたえる焦る、いらないところに力が入り空回り、なんとかその場をしのぐが、その後どっと疲れることが続きました。考え方が変わるとモノの見方も変わると言われたことがありますが、ある時「心配」されているを「応援」されていると考えたとき、急に肩の力も抜け元気になってきました。期待に応えようと無理するとまた力むのですが、「応援」してくれる人の顔を思い浮かべると「心配」してくれている人の顔との違いがはっきりしてきて頑張れる気がします。「応援」してくれる人は『君ならできる!』とそんな表情を想像します。今では「心配」している、それ以上に「応援」していると伝えようと心がけています。
GWも始まり新型コロナウイルス感染拡大収束が見えない中、自粛しながらどう過ごすか問われてると思いますが、私事ですが毎月会社だけでなく家族にも行動計画を提出していて、今月は休日のところの行動が空白なのが目立っていました。毎月休日に空白の日があると何をしようかと自分で勝手に決め、後から家族に聞いて確認をとって行動するのがルーティンのようになっていました。今月も同様に自分で決めたことがありました。家族に確認するため、家族が会話している最中途中で割って入って尋ねると「今その話しになる前の状況から話しているので最後まで話終わってからにして、せっかちなんだから、自分で決めたこと忘れているの?」と言われ一瞬かっとなるも、自分で決めたこと忘れていると伝わってしまったのは、その場の状況をよく見もしないで話に入っていこうとしたことからだと気づかされましたが、冷静になるまでには少し時間を要しました。
周りを巻き込むことも時と場合を考えて、自分勝手に決めるのではなく、家族のやりたいことももう少し聞く 等々 これから気をつけます。