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モリタ会長ブログ

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202009/11(Fri)

友人と女性の社会進出の話から、各国の女性リーダーの話になった時のことでした。

その友人が、「ゴルダ・メイヤ、イスラエル5代目首相」が良いなと言うではありませんか。「ひょっとして名言残していない。」と私が言うと、彼は「そうなんだよ、たくさん残しているよ。」と続けざまに言いました。そこで私が聞いたことのあった名言が、『美しくないことは、まさしく天からいただいたお恵みです。わたくしは美しくはないから自分の能力を高めるしかなったの。美人は困難を乗り越えるのに不利な条件ね。』です。

外見ではなく人間的な魅力を磨くことが美の追求ではないかを感じる言葉だと、その時思ったのですがどうでしょうか。言葉一つから様々な捉え方ができかると思います。

他にも彼女の名言がたくさんあるので、関心のある方は是非調べてみてください。

202007/25(Sat)

今月も自ら進んで行動や態度を慎む、自粛が求めれていました。だからといって何もしないわけにもいかず何をしていたんだろうと考えてみました。7月9日、10日と東京出張の予定があったのですが、6月の時点で会合が中止ということでキャンセル、翌週の17日も東京に出張予定だったのが2日前にキャンセル、オンライン会議参加となりました。毎週オンライン会議が入っていますが、県外だけでなく県内でもよくもまあ今ままであっちこっちに行っていたのだと妙に感心というか納得しました。それでは何をしていたのか、今までより家にいる時間は多かったけど、それこそ自粛していた気がします。お酒もあまり飲まず、ヨガマットを購入して自宅でテレビでやっていた運動は少しやったかな、読書はそこそこ、DVDで映画は何本か観たかな、コンサートには全く行けなかったので、もっぱら音楽は聴くだけだったのですが、幸いにも家での食事を家族と共にして皆で話す時間をたくさん持てたことで、子供たちの将来に関する話ができたことがとても良かったと思っています。これまで自粛という文字が自分の中ではなかったくらい身勝手だったことで知らなかったことに気づかされ、親としての在り方を考えされられました。自粛に感謝!

202007/03(Fri)

新型コロナウイルス感染拡大が完全には収まりそうもないのですが、自粛も緩やかになってきたところで新社長と顧客訪問をして新任の挨拶回りを始めました。色々なご意見も聞かせていただいたりして私も新社長もよい学びを得ています。新社長に対する期待の大きさも感じ、それに応えようとしている新社長の姿が見ていて新鮮で気持ちが良いです。

そんな最中、ある方が会長の仕事の原理原則が記載されている文章を持ってきてくれました。最初に、次の経営者を育て、企業の永続基盤をつくることが会長の仕事、から始まり最後に会長引退(権限移譲)が書いてありました。

挨拶回りをしている最中ですが文章に書いてること意識しながら回ることで、今の自分にとって「これからどうしたらよいのだろうか?」と少なからず疑問を持っていたことが、解消されつつある気がしています。

特に気に入っている文面を記載します。"経営環境が大きく変化したり、厳しい時が任せるチャンスです。"(環境が良い時に任せると延長線の経営になりがちで、長い目で見ると会社も経営者も成長しにくい。)今回挨拶回りをしていて皆さん「大変な時に社長になって!」と言われますが、本人は「忘れることができない年度に就任出来て良かった。」と言葉を返しています。今後が楽しみです。

5月も終わりに近づくにつれて、新型コロナウイルス感染の「緊急事態宣言」の全面解除が安倍総理の会見でありました。第二波が来るかもしれないので油断はできませんが、生活スタイルに変化があったことは確かです。

今回のことで、私もそうなのですが何かと「心配」することがあった気がします。自身、家族、友人、社員、会社、お客様、地域 等々 逆に、「心配」されることも多々ありました。自分が「心配」しているときは「安心」するとそれで終わりなのですが、「心配」されるということは、相手に「心配」をかけている、それをなくすには「安心」、「安心」してもらえるまで「心配」が続くとしたら、自分自身が「不安」になってきませんか。私の場合、「心配」されていることを感じると「不安」になることが多くありました。どうしようかと、うろたえる焦る、いらないところに力が入り空回り、なんとかその場をしのぐが、その後どっと疲れることが続きました。考え方が変わるとモノの見方も変わると言われたことがありますが、ある時「心配」されているを「応援」されていると考えたとき、急に肩の力も抜け元気になってきました。期待に応えようと無理するとまた力むのですが、「応援」してくれる人の顔を思い浮かべると「心配」してくれている人の顔との違いがはっきりしてきて頑張れる気がします。「応援」してくれる人は『君ならできる!』とそんな表情を想像します。今では「心配」している、それ以上に「応援」していると伝えようと心がけています。

GWも始まり新型コロナウイルス感染拡大収束が見えない中、自粛しながらどう過ごすか問われてると思いますが、私事ですが毎月会社だけでなく家族にも行動計画を提出していて、今月は休日のところの行動が空白なのが目立っていました。毎月休日に空白の日があると何をしようかと自分で勝手に決め、後から家族に聞いて確認をとって行動するのがルーティンのようになっていました。今月も同様に自分で決めたことがありました。家族に確認するため、家族が会話している最中途中で割って入って尋ねると「今その話しになる前の状況から話しているので最後まで話終わってからにして、せっかちなんだから、自分で決めたこと忘れているの?」と言われ一瞬かっとなるも、自分で決めたこと忘れていると伝わってしまったのは、その場の状況をよく見もしないで話に入っていこうとしたことからだと気づかされましたが、冷静になるまでには少し時間を要しました。

周りを巻き込むことも時と場合を考えて、自分勝手に決めるのではなく、家族のやりたいことももう少し聞く 等々 これから気をつけます。

事業承継の話を以前記載しましたが、弊社も社長交代ということで社長としてのブログ最後になります。次はどうなるかということなのですが、正式に決まったわけではないのですが、どうも会長になってもブログを掲載しなくてはいけないようです。新社長のブログもあるとか? 社内的には既に新社長として様々な動きが出てきていますが、対外的には4月よりお客様の挨拶回りが始まります。私が21年前に社長に就任したときは、私が就任したとき「この指とまれ。」と言ったら社員皆様子見でした。しかし、新社長が「この指とまれ。」と言ったら、社員皆がとまりました。私の時とは随分違うを感じた瞬間でした。社員のとった行動で何が違うのか、私が社長に就任したときは周りが不安でしょうがない状態、新社長に対しては期待が不安を上回っている状態、そんな違いを感じました。世間では今日も新型コロナウイルス感染の拡大で安倍首相が記者会見、国民は益々不安が募るのか、不安を上回る期待が高まるのか、このブログを書きながら首相会見を聞いています。

2月に入って、すぐに出張で東京へ、翌週も東京へ、戻ってくると新年会、総会等行事だらけ、どこでも挨拶では"新型コロナウイルス感染症 covid-19"の話、数日後3月の東京での会議全て中止、地元での行事、会社の行事も延期又は中止、しまいには小・中・高校と休校、3月15日が今後の判断をする一つの区切りと聞いてはいるが、どうなることだろう。

そのあとの方が心配になってくる。今朝の新聞の記事で、物理学者の寺田寅彦さんの物事の本質を語る文章が一部記載されていました。( [ ] の文章です。)

[ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりすることはやさしい] [正しく恐れる] そのような判断をしなくてはいけないはずなのに、今は人々の不安、社会の混乱を招く方にいってやしないか? 

考えさせられます、自分はどうなのか。

202001/29(Wed)

2020年1月の出張先で先輩経営者達との昼食中、私が質問したことから始まったことで出た言葉が、「こんなはずじゃなかった。」その場で次から次へと伝染したように皆が「こんなはずじゃなかった。」と言われたことを話すものだから笑いが絶えませんでした。ある一人の先輩経営者に質問した内容が、奥様との馴れ初めは?でした。学生時代に出会ったことから始まり、お付き合いしたきっかけ、結婚して家庭を持ち現在に至る、よくある話かもしれませんが、ある時 奥さんが「こんなはずじゃなかった。」と旦那である先輩経営者に言ったそうです。その言葉で先輩経営者は、怒らないで聞いたそうです。「何がこんなはずじゃなかったのか?」待ってましたとばかり、次から次に出る言葉、話終わってほっとしたのか、今度は先輩経営者も負けじと「俺もこんなはずじゃなかった。」奥様はその場からすぐにいなくなった、という話です。他の先輩経営者も同じような体験をしたという話が次から次へと、家に帰り妻にその話をした途端に出た言葉、ここに記載しなくてよいでしょう。最後に言った言葉が「皆さん御夫婦仲が良いんだ。」その通りです。

昨日で会社の今年の業務は終了しました。例年より早く終了したせいか、何だか年末という気がしません。年が明けたら毎年行われる挨拶回り、1年間を振り返っての報告会、新年会、方針発表会とあるのですが、自分自身今年1年で何かやり続けたことがるか? 以前ブログでも紹介した毎日の目標20項目決めて〇・✖1年間つけたことがあるのですが、今年はありました。友人から言われて、2月からですが12月まで続けたことが、週1でDVDを観ること、しかもDVDは指定されました。

それが、『映像でつづる20世紀世界の記録』全12巻と『映像100年史日本の記録』全33巻 45×7で315日間ですが、どうしても1週間無理というときは1週間で2本観るということをして12月上旬で終えました。本を読むのと違って映像で観るとよりリアルで色々と考えさせられました。自分なりにこれからどうしなくてはのヒントを得たような気がします。紹介してくれた友人に感謝しています。10年後の会社のビジョンを7年前につくったのですが、今度は自分の10年後どうなっていたらと思うと来年は、・・・と色々なことができそうです。・・・は来年のブログ用にとっておこうと思っています。

今年1年間私のブログにつきあって下さり、ありがとうございました。お体にご留意して良い年をお迎えください。

昨年還暦を迎え、厄払いも含め60歳のうちに行こうと決めていた所がありました。今年の5月連休に計画を立てガイドブックも購入してホテルを予約、交通手段も決め準備万端だったのですが、やむを得ない事情で急遽中止になり地元の神社で厄払いを済ませました。

しかし、突然チャンスが訪れました。私の業界の友人の一人が業界を去るということで功労を讃え、慰労会をすることになりました。その場所は伊勢市だったのですが、実は5月に私が行こうと決めていたのは伊勢神宮でした。全員で8名集まることになったので皆ゴルフをすることになったのですが、私だけゴルフをしないということで一人で伊勢神宮に行くことにしました。

それがなんと天皇陛下が伊勢市に来る日と同じ日になりびっくり、友人からアドバイスを受け、天皇陛下はお昼すぎに伊勢神宮に到着予定だからその前に行ったほうがいいよと言われ、午前10時前に伊勢神宮内宮に行くと馬に乗った警察官と護衛の警察官の団体と遭遇、警備の予行練習なのだろうか、物々しい中見学を終えお昼すぎにおはらい町、おかげ横丁を見学、移動して外宮を見学、夕方に皆に合流して食事をしました。今回は、自分のことではなく一番下の娘が受験を控えているので、学業のお守りを購入するのを目的として行き、それが達成できたのでとても満足できました。

慰労会も盛り上がり、自分だけちゃっかり伊勢神宮参拝をしてきたのですが皆気遣ってくれました。特に業界を去る友人は「行ける時にいっとかないと、よく伊勢に来てくれたね、ありがとう。」と言ってくれました。

彼は、来年富山に来ると言ってくれたので、私は楽しみに待っています。チャンスをくれてありがとう、本当に行って良かった。

60歳の還暦もあっという間に過ぎ、赤いちゃんちゃんこを身に付け写真を撮ったときは、まだ自分の歳を実感していなかった。つい最近、ある場所で写真を撮り写っている自分を見たときに"えっ"、これが自分?

確かに台風19号の影響で北陸新幹線が全面開通とはいかず米原経由で東京まで行き、日帰りで戻ってきた次の日に撮った写真で疲れてはいたが歳相応の顔だった。普段はしたことのないピースしてください、と言われ若者と撮ったからなおさらだったかもしれないが、少なからずその場では浮いているように見えた。

鏡ではなく写真で今の自分の顔を見て歳を感じた、これが61歳の顔なんだ。

今度写真を撮るときは、ピースはせずに満面の笑顔で写真を撮ってみよう、幾つに見えるかな・・・

変わらないよ、という声は聞こえないふりをしようとする、少しでも抵抗しようとしている自分がいる。

写真は嘘をつかないよ。

最近ようやく朝夕涼しくなってきて秋の到来を感じています。

友人に何気なく勧められたのが音楽入門というイベントでした。時間がちょうど空いていたので当日券を購入し行きました。バロック音楽についての説明だったのですが、ピアノの弾き語りと軽妙な説明であっという間に時間が過ぎました。バッハは和音のみでつくるのが得意、ヘンデルはオペラの喜怒哀楽部分が得意、ビバルディの音楽は四季が有名だが当時は斬新な音楽として捉えられていた。等々という説明がありました。

イベント後、その週の土曜日クラシックコンサートがあるから行かないと誘われ、すぐ行くと返事、当日の演奏曲のラフマニノフ交響曲第2番 第3楽章のCDを事前に購入し聴いてから本番に臨み、やや興奮気味で終わると、来月も音楽イベント参加を決めチケット購入、朝目覚めたらクラシック音楽を聴くという具合で、いつまで続くのやらと自分自身でもハマっていることにびっくりしています。

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